プエルトリコとキューバ

配色が違うだけの、同じ模様の国旗を持つ二つの国、プエルトリコとキューバ。
サルサを踊る中で、スタイルの違いについて語られる。日本ではプエルトリコサルサというのは普及しているのだろうか?多分、キューバンサルサのほかにはニューヨークスタイル、ロスアンジェルススタイルのほうが一般的なのかもしれない。

さて、個人的にはキューバンサルサを踊り、サルサのみならずキューバンダンスをこよなく愛する私。音楽も、詳しくはないがキューバンが好き。

ここイタリアではニューヨークスタイルもあるが、どちらかと言えばプエルトリコスタイルのほうがキューバンのほかでは一般的である。個人的な見解なので、プエルトリコを愛する人にとっては私が今から言うことには頭にくるかもしれないが、これはあくまでも個人的見解として理解して欲しい。

キューバンとプエルトリカンの違い、それは”音楽を肌で感じ、音楽を体で表現するかのように踊る”、それがキューバンで、”踊り自体がすべてあらかじめ振付けられているかのような、きちっとした型で踊り、音楽を楽しみながら踊ると言うよりは、いかに美しく、格好良く見せて踊るか”に重点を置いているのがプエルトリカン。大雑把に言ってこうでないかと思う。
プエルトリカンサルサの音楽も、なんだかその踊りのあくまでも影である気が。するそれに引き換え、キューバンの場合は音楽のほうがあくまでも主になっている感じ。
ラテン音楽が嫌いな人にとってはどの曲もすべて同じに聞こえるらしいが、よく聞いていると違う。ソンがあったりボレロがあったり、ティンバなど。私にはまだ聞く耳が出来ていないのか、プエルトリコサルサの音楽はすべてが同じに聞こえる。

プエルトリカンサルサはプロ級のカップルが踊るのを見ているのはとても素敵。本当にきれいに踊るからだ。キューバンのような泥臭さはないが。
でも、サルサクラブで一緒にフロアーで踊るのはちょっと・・・・と言うのも、彼らは満員であろうがなんだろうがすべてのフロアーを我が物顔で使う。それが彼らのスタイルなのだから仕方ないのだが、満員の場合はそれなりの踊り方があるというもの。
そして、これは私だけでなく友達も言っていることだが、あまりにも形にこだわった、”美”にこだわったプエルトリカンサルサを踊る男性は、どうしても”お○ま”に見える。なよっとして見える。
スタイルのまったく違うところは、キューバンはどちらかと言えば前かがみで踊るのに対し、プエルトリカンは胸を張って踊る。社交ダンスのように。

なぜ今回キューバンとプエルトリカンのことを書いているかというと、夏前にトリノのサルサ界で話題になった、あることがきっかけ。
あるラテン音楽のラジオ番組、視聴者が携帯メッセージをDJに送ることが出来、リクエストなどが出来るようになっている。そこである日、ある視聴者からこんなメッセージが届いた。
「ある夜、サルサナイトで踊りに誘ったら、その子は”嫌。だってスタイルが違うから。私(僕かな?不明)はプエルトリカンを踊るから、スタイルが違う人と踊ると自分のスタイルが崩れるから嫌。”と答えました。楽しみに来ているサルサクラブでスタイルが違うからといって試しもしないで断るなんて、ちょっとがっかりしました。」と。
これに対しキューバ人DJは猛抗議。彼曰く、どんなスタイルでも音楽を楽しむことに関しては同じのはず。スタイルを超えた楽しみ方があっていいのではないか!と。
その後毎日のようにこれに関するメッセージが届いていた。
あるキューバンを踊る子は、”DJの言っていることも確かだけれど、プエルトリカンの人はあまりにも回転技が多かったり、音楽をまったく聴かずに勝手に踊っている。だから、踊っていても楽しめない。”と言う意見。私もこれには賛成。

しかし、ここで言っておかなければいけないのは、ある程度踊れる人はどのスタイルでもそれなりにこなして踊ると言うこと。私もプエルトリカンやニューヨークスタイルの人と踊ることがたまにあるが、マエストロクラスの人になると相手のスタイルやレベルを即座に判断しそれに対応して踊ってくれる。女性でもそう。ある程度男性についていくことが出来る人はどのスタイルの男性にでもついていける。
でも、でもだ。キューバンの曲がかかったときにプエルトリカンとは踊りたくない。盛り上がる場所が違うから。それならば誰とも踊らずに一人で踊っていたほうがいい。

昔、あるサルサクラブで、そこで働いていたイタリア人ダンサー(プエルトリコスタイル)に誘われた。するとすぐ横にいた別の、これまたプエルトリコスタイルのダンサーが、”彼女、キューバンだぞ!”と言った。すると私を誘ったダンサーは、過去にも私と踊ったことがある経験から”大丈夫。彼女はついてくるから。”と。そう、ついていくことはできる。いくつかのプエルトリカン独特の型は踊れないが。そして、リードを気持ちよくしてくれるので、それなりに楽しんで踊れる。
要は”リードについていけるか”、”優しいリードが出来るか”に関係していることなのではないか?
とにかく、私はどんなにきれいに踊らせてくれても、プエルトリカンを覚える気はない。キューバンが大好き。音楽を聴いて心のそこから自然と体が動くのはキューバンがかかったとき。

今日、あるサルサクラブでClaveNegraというキューバ人ダンサーグループのショーがある。皮肉なことに、これが行われるクラブはほとんどの人がプエルトリカンサルサの人。かかる曲もそう。プエルトリカン人口が多いトリノでは、プエルトリカンに的を絞った経営のほうは儲かるのでどうしてもそういうクラブが多くなる。儲かっているからゲストに支払うお金も高い。そんなわけで今日のプエルトリカンクラブでのキューバンダンスショーとなる。
悲しいかな、キューバンをかけてくれるクラブは本当に少なくなってきている。

最後にどうしても我慢できないことを一言。
どうしてプエルトリカンスタイルを踊る人たちは、人の足を踏んでも、振り回す腕が他の人に当たっても、知らん顔をして踊り続けるのか!チラッと目もやりもせずに、自分たちに陶酔して踊っている。足を踏んだら、”踏んだ”と言う感覚はないのか!鉄の靴底か!!
たまたまそういう人たちに遭遇するだけかもしれないが、あまりにも遭遇しすぎて、それがプエルトリカン離れの一因になっている気がする。

この記事へのコメント

Yumi
2008年05月16日 01:58
お怒りだったようで・・・(過去形)
言っていることわかるなぁ~。
キューバンDJの言うこと、もっともなんだけど、そのもっともが出来ないのが外国人Salserosなのである、と思う。
例えば、相手に私と踊ろうという気持ちがあれば、それは伝わってくるし、だから踊れる。でも、「俺についてこい」って、強引に相手のスタイルに持って行かれるのはゴメン。。。それでもって、君と踊ったら下手に見えるからなんて言われようものなら、「貴様、何さまじゃ!」って怒鳴りたいかも?
yoko de torino
2008年05月16日 04:12
Yumiさん
本当ですよね~。
昔、あるイタリア人に言われたことがあります。踊り始めてほんの数分たったところで・・・
”君、キューバン?””そう。(私)””僕、プエルトリカン。それじゃ。”
って、フロアーに置いてかれた。楽しくない相手と踊らずにすんでよかったと言えばよかったけれど、誘ったのならばとりあえず最後まで踊るのが”礼儀”ではないかい?
”お前みたいなやつの誘いを引き受けてやったのに、結局これかい!”と呆れてしまいました。
プエルトリコスタイルの人の中には、自分がプエルトリコだと言うことを知らない人もいて、更にひどいのが、”キューバン”を踊っていると勘違いしている人も。
ともあれ、最近はキューバン踊る人はプエルトリコ団体のディスコには行かなくなり、その逆もあり、です。それはそれでいい傾向。
でも、キューバン人口が少ないトリノではこう言う状態になると行くところが減っていってしまうので・・・
そうそう、プエルトリコ踊る男性にたまにいるのが、踊りながら周りをちらちらと、まるで”どう?見て!僕上手でしょ?”と言わんかのように振舞う人。
いやね~。
rose2011
2011年10月18日 19:09
私はプエルトリコスタイルに憧れてパリでプエルトリコスタイルサルサを習っているのですが、、、いろいろなお怒りのお言葉に驚きました。クラブにも行ったことのない素人ですが、、、どうかそんなにカリカリしないで楽しみましょう♪
ちなみに、コロンビアスタイルのサルサも好きで習いますが、、、身近で踊っている人はあまりみかけないのですが、もしクラブに行ったら心の広い音楽に身を委ねるキュウバン愛好者だったら余裕で踊ってくれるんだろうなぁ、、、と嬉しい気持ちにもなっています。
yoko de torino
2011年10月19日 03:40
rose2011さん
初めまして。怒っているというよりは、呆れているといったほうがいいのかな?きちんとマナーを守って踊っている人もいます、プエルトリコスタイルの人の中には。マナーを守らない人はキューバンの中にもいますから、要は”人となり”が関係するんですね。自分の好きな音楽と気の休まる友達がいれば、踊るスタイルなんて関係なく楽しめちゃいますが。
クラブに是非出かけてくださいね!楽しめると思いますよ。